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ガジャマン ノーナ

17世紀後半、オランダがスリランカの南岸地域を支配していた時代。
イギリスが全島支配をもくろんでいた時代。

スリランカは南、マータラに生まれた詩人ガジャマン・ノーナ。
ノーナというのはシンハラ語で女性につける敬称。
ガジャマン一家の大黒柱、ガジャマン・ノーナの父フランシスは
オランダ統制下のマータラで地区統制官としてオランダの植民地政府に従事していた。

当時の南岸地域の風俗はポルトガル、オランダのヨーロッパの風俗とスリランカの習俗が混ざり合い、なんともへんてこりんなものだった。
上流階級の女性たちはブラウスにレースの襟をつけ、またはショールをはおり
腰からたっぷりと広がったスカートをはいていた。
オランダの植民地政府に従事する男性たちは、髪や髭を伸ばし
腿ほどまである長いコートをはおり、その下にサロマと呼ばれる腰巻をはき
さらに靴を履いていたようだ。

「ガジャマン・ノーナこと、ドン・イサベラ・コルネーリヤ」
というシンハラ語のテレビドラマのDVDを見た。

留学中、大学でガジャマン・ノーナの詩を一応勉強したが
その時代に珍しい女性の詩人で、なんだか男にもてたそうな
という印象ぐらいしかなかった。



このテレビドラマシリーズを見終わる前に、私はすっかりカジャマン・ノーナの虜となりました。
ガジャマン・ノーナは私の苦手な伝統的な韻文詩の使い手だけれども
苦手克服のよい機会ではないの。

この物語の中ではガジャマン・ノーナこと、コルネーリヤは非常に自由奔放。
詩を追い求める心の動きのままに、社会や時代や常識から離れて
思うままに生きた女性として描かれている。

そのせいで多くの誤解を生み、多くの敵を生んだ。(ことになっている)

でも、周りのだれが気にしようが彼女はふふんと鼻で笑うだけ。
どんなに誹謗中傷を受けようとも、自分には詩がある。
詩を読むために本に埋もれ、詩を書くためにインクのにおいに包まれていれば
生きている意味がある。

自分の人生に決して迷うことがなかったコルネーリヤだが、
時代はまだ彼女を受容するほど成熟しておらず
彼女は不幸に続く不幸の中で、失意のなか一人死んでいく。

もう、ごーーーーきゅーーーーー(号泣)

劇中にちりばめられた詩の数々。
彼女を生涯愛し続けたアラパータ・ムダリ。
彼もまた詩人で生まれつきの詩の天才同士だけがもつ
深い深い絆でつながっていた二人。
でも、決して結ばれることのなかった二人。

詩集を買ったら、日本語に訳してみよう。

人生は詩
jivithe kaviyak

愛のなかで 最も美しい言葉
adarayehi soduruthama wadana...

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ゴーグルに涙!!

高校の同級生がスリランカに初上陸。
そして、昨日の夜日本へ帰っていきました。

会社の車で空港までお出迎えに行った私。
ちょっと早めについたもんで、持ってった本を読んでいた。

ふと、気配を感じて顔を上げると不安そうな見慣れた顔が2つ。
私に気づかないで通り過ぎていく。。。
慌てて追っかけてどうにかひっつかまえると
これまた見慣れた笑顔で、再開を果たしました。

2日間私の下宿に滞在した後、ツアーを回って
昨日はニゴンボでまた一緒に過ごしました。

トリプルルームにするのに、ホテルが気をきかして
カバーナ(コテージ)にアップグレード。
なのに、お湯のスイッチに気づかずふるえながら水シャワー。。

翌日はだらだらと寝過ごして
朝ごはんを食べたら、プールへ!

泳ぎの上手なKちゃんと、私とどっこいのNりちゃんと。
平泳ぎの足を直したり、変な泳法を教えてもらったり。

いやー。
何がそんなに楽しかったのか。
よく笑った。

ゴーグルの中に涙がたまるほど。



笑った。笑った。



本当に、久しぶりによく笑った!


おかげで今日は気分新たにお仕事できた。
帰っちゃったら落ち込んじゃうかなって思ってたんだけど。

そんなことなかった。
元気もらった!
しばらくは思い出し笑いで、明るくいられそう。


やたら、木のスプーンを買い込んでいたNりちゃん。
かっこいいスリランカの写真をたくさんとってたKちゃん。


会いに来てくれてありがとー!!
今度は日本で。。。


辛くなったら思い出そう。
ゴーグルに涙!!

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