通訳という仕事

通訳っていうと、普通どんなもんだと思うだろ。
下の3つの中に正しい答えはあるでしょうか。


1.とある言語を別のとある言語に変換する。

2.とある言語を別のとある言語に変換して意味を伝える。

3.とある言語を別のとある言語に変換して
  伝え手の気持ちを受け手に理解してもらう。




通訳をする人に必要な条件ってなんだろ。
下の3つの中に正しい答えはあるでしょうか。

1.たとえ話の内容がわかっていなくても、言語を変換できればいい。

2.話の内容を理解して意訳することができる。

3.物事の背景も理解して、
  話の内容を受け手がわかりやすいように訳すことができる。



上それぞれの問いの答え1、2、3は番号順に
通訳における「直訳 → 意訳」のイメージ。


ぶっちゃけて言えば、正しい答えはない。
人の会話は生き物なので、臨機応変の対応をするしかない。


ただ悩みどころは、伝え手と受け手が人であるように、通訳も人なので
どうしてもその「人」のフィルターがかかってしまうということ。


あらかじめ台本のようなものがある場合でもなければ
ある人の話す内容をその場で訳す時、要約したり、意訳したりする中で
どうしても一部がもれてしまうこともある。


私の場合、伝え手も受け手も数人ずついる中で
それぞれが主張している内容をまとめたり、時には補足をいれて
状況をさばいていくような通訳をすることが多い。

言葉足らずな伝え手が私に「意訳」を求めることも少なくない。


ただ、それがある人にとっては私の「感情」を混ぜた
不愉快な「意訳」になることもある。
意味が通じなくても、バイアスの少ない「直訳」を望む人もいる。


悩んでしまう。。gawk


怒っている伝え手の言葉を「直訳」するのは結構こわい。
訳を聞いて受け手が、まず憎むのは伝え手じゃない。通訳だ。
この経験が邪魔をしてつい保身の「意訳」をしてしまう。

それに、通訳をしている私自身も当事者だったりすると
つい感情的になり、通訳の途中で口をはさんでしまうこともある。
逆に言いたくないことは、通訳しないことだってできる。



この「意訳」のバランスは常に私の良心に頼っている。



まるで人を通訳マシンみたいに考えている人がいると
傷ついたりしちゃうんだなー。
で、つい意地悪したくなったりもするんだなー。pout



どこかで、折り合いのつく地点に辿り着けるだろうか。



ま、「ウェディヤ ヒタンナ エパー (そんなに思いつめるなよ)」だな。

明日も良心の意訳を目指して…

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